入試当日の早朝、どこの試験会場でも門のところで進学塾の場所取り争い。
どの進学塾も、かわいいわが生徒に最後の一押ししてやりたい気持ちは同じ。
4時頃に起床する。
遅刻は大罪。
防寒対策ばっちりで、できる限り温かい手で握手をしてやりたい。
門のところでは、受験生全員に声をかける。
どの子も、各塾の出迎えの人数に圧倒されて、緊張感に押しつぶされそうな面持ち。
自分の生徒が来ると、テンションを2段階アップさせて、声をかける。
「いつも通りでいい。それで十分合格できるから。」
「今日は、誰よりもいい顔しているな!」
「問題集やっているつもりで、気軽にな!」
「君ができない問題は、みんなできない。気にするな。」
かける言葉のチョイスは、絶対に重ならないように様々なバリエーションを用意しておく。
付き添っている親も生徒以上に緊張して、笑顔がぎこちないのはしょうがない。
中学校側から指定された集合時間が近くなり、わが子を試験会場の入り口まで送り、戻ってくる親とすれ違うようになってきた。
「せんせい~」
大号泣状態の母親が私のところに来た。
「あの子がとんでもないこと言い出すから、こんな顔になってしまいました。」
「どうしたのですか。」
「試験会場に入る別れ際に、突然、真面目な顔をして、お礼を言い出したのです。」
「お母さん、今までありがとう。毎日、僕の為に送り迎えと弁当を届けてくれて。今日はお母さんのために頑張ってくるよ。絶対合格するから。安心していて。」
「◯◯君、成長しましたね。」
「先生がいつものように仕組んだのでしょう。絶対にそうでしょ。」
「僕は知りません。そんな風に思ったら、◯◯くんが、照れずに思い切って言ったことが報われませんよ。」
「そんなこと強制しても、言う子じゃないことは、お母さんが良くわかっているじゃないですか。」
「良かったですね。お母さんの日頃がんばりが報われましたね。」
「先生、もう結果がどうなってもいいとさえ思いました。こんなにうれしいことは初めてです。」
「〇〇くんは、絶対合格しますよ。お母さんにお礼を言うことで、自分を鼓舞したのですよ。」
後日、この親子が合格の報告に来てくれたことは、想像に難くない。