大学1年の秋である。
彼女と初めての旅行に行った。
中部地方で彼女と初めての旅行と言うと、京都に決まっている。
(まだ、ディズニーランドは建設中だったと思う。)
2泊3日を予定した。
これで、1カ月分のバイト代を全てつぎ込んだ。
それでもちょっと資金が足らなかった。彼女も出してくれるというので、甘えることにした。
ちょっと情けない。
愛車のプレリュードは、当時、こういう時の為にあるようなデートカーと言われていた。
当然、ドライブ旅行である。
1泊目は、清水寺付近で、2泊目は嵐山の渡月橋付近で宿を取った。
天気も良く、紅葉はまだまだといったところ、
お約束の渡月橋で手漕ぎボートに乗ることになった。
カップルであふれていた。
多くの同類の男たちは、手漕ぎボートに颯爽と彼女をエスコートして、高得点をゲットしたいのである。
魂胆は見え見え状態。
もちろん、僕も同類だ。否定できない。
手漕ぎボートは、かなり自信があった。
彼女と付き合う前に、同じ教養部の仲間で、近くの湖に出かけて行っては、手漕ぎボートで競争をしていたからである。
こんなところで、あの地獄のような競争が役に立つとは思わなかった。
30分ほど、ボートの揺らぎと会話を楽しんで岸に向かった。
さあ、一番の見せ場である。
いかにスムーズに桟橋に船を着け、安全に彼女をエスコートできるかが試される。
順番を待った。
僕たちの前のボートがかなりぎこちない動きをしていた。
どうやら、手漕ぎボート初心者のようである。
それでも、何とかボートを桟橋に横付けできたようである。
あとは、係のおじさんの補助を待てばいいのである。
しかし、この初心者は、ボートに慣れていないために、絶対やってはいけない行動に出た。
桟橋とボートの隙間が気になったのか、身を乗り出して、桟橋を手でつかみ、ボートを桟橋に引き寄せようとしたのである。
結果は、逆にボートと桟橋の距離が離れ、彼自身がボートと桟橋にかかる橋になってしまった。
彼は必死で耐えた。
「キャー、どうしよう、どうしよう」
彼女は、ボートが傾き、自分の身も危なくなっているので、パニック状態である。
彼女を救うには、選択肢はひとつ。
自分が静かに水に沈んでいくことである。
ぶくぶくぶく。
彼はちゃんと彼女を救う選択をした。
よくがんばったぞ。
心の中で彼を讃えながら、係のおじさんに引き上げられる様子を見ていた。
きっと、お別れしただろう。