今の職場で4社目になる。
大学は教育学部だったので、親は学校の教員になるものと期待していたようだが、教育実習などを経て、家庭教師先のお母さんの紹介で地元の進学塾に就職を決めた。
自分なりに努力をして、指導技術がある程度身についたかなという手ごたえを感じ始めた頃、社長からある校舎の責任者を任された。
そこは、立ち上げて3年目を迎える校舎で、40名教室が4つある在籍者数140~150名の会社の中でも一番小規模で伸び悩んでいる校舎だった。
「この校舎の生徒数を250名にしたら、ハワイ旅行と金一封を出そう。」
社長は、全体の会議で私に向かって言った。
「ただし、担当メンバーは、社員は君だけで、あとはバイト大学生3名だ。採算が取れていない校舎だからね。」
社長をはじめとして、先輩社員たちも不可能だと思っているような様子が、私には強烈なモチベーションになった。
まずは、市場調査。
決して悪くない。団地があり、小学校があり、中学校があり、駅も近い。
何より、大手銀行の支店が近隣にあることが重要ポイントだ。
銀行は、出店する際に恐ろしいほどの綿密な市場調査をする。その銀行の支店があるということは人の流れは良いということだ。
あとは、仲間となる大学生アルバイトのモチベーションだ。
仕事終わりに、週3ぐらいで食事に行って、コミュニケーションをとった。
新卒2年目の私の小さな財布はボロボロに傷んでしまったが、3名の大学生は本当に頑張ってくれた。
1年後、生徒数は300名に達していた。
ところが、社長は見事なまでに約束を反故にした。
社長の「人となり」が分かり始めていた私は、約束が守られるという期待はしていなかったので、何も言わなかった。
しかし、黙っていなかったのは、先輩社員たちだった。
私を気の毒だと思ったのか、社長に「報奨」を出すように進言してくれる上司もいた。
これが大きなお世話になった。
すっかり悪者になったと感じた社長の怒りは、もろに私に向いた。
突然、言い渡された。
・配置換え
・減給(給与50%カット)
・降格(主任→平社員)
それを見て、全社員が震えあがった。
完全に見せしめだった。
また、突然の配置換えでいなくなってしまった私を戻すように、元校舎の生徒や父母が、会社の方に働きかけをしてくれたようである。
これがまた仇となった。
これが面白くないと思う社長の陰湿な「いじめ」が始まった。
給与の振込がストップとなり、社長の財布から直接現金で渡されるようになった。傍から見ると小遣いをもらっているようだ。
こうする意味が全く分からなかったが、きっと私に屈辱感を与えたかったのだと思う。
また、緊急会議を開くから仕事が終わったらすぐ来るようにと社長から連絡が入り、指定の場所に駆け付けると誰もいないというようなことが繰り返し行われた。
こんなことが1年ほど続いた。
上司は、社長から言われたのか、
「君がいると社長の機嫌が悪くなるから、辞めてくれないか。」
「ここまでいじめられてよく我慢できるね。俺だったらとっくに辞めているよ」
私もそう思ったが、入社したときに、どんなことがあっても3年間はここで仕事を続けると決めていた。
そして、3年経った4月に辞めた。
辞めてから半年たったころに、この社長が死線を彷徨うような交通事故を起こし、長期入院後に会社が人手に渡り、塾業界から引退したと聞いた。